旅と私

テネシー州Great Smoky Mountains国立公園でのラフティング

テネシー州Great Smoky Mountains国立公園でのラフティング

私の人生のうちおよそ30年余りは、旅に関わる仕事をしていた。団体旅行のバスガイドや、その指導員、添乗員、旅行企画など、歴史と地理そして音楽、歌うことが大好きだったので、初めて訪ねる観光地についても、その資料集めやノート作りのために徹夜で勉強することもよくあった。それが少しも苦痛でなく、未知の世界へ入る楽しみの方が大きかった。趣味と実益を兼ねた仕事のお陰で、多くの観光地を旅することができた。

夫を2008年に亡くして以来、毎年一年の半分は、ワシントンDCに住む長女の元で暮らしている。英語も片言しか話せず、一人で日米を往復することに多少不安もあったが、旅好きな私はこれも新たな挑戦として受け入れた。最初の頃は多々ハプニングもあった。ある時、飛行機の機内で「 この便はサンフランシスコ到着が遅れていますが、お客様の乗継ぎが出来るように手配していますのでご安心ください 」と客室乗務員に告げられたが、実際にサンフランシスコに着いた時には、既にDC行きが飛び立った後だった。翌日は直行便がなく、テキサスのダラス乗継ぎとなった。しかし、その便も遅れたため、乗継ぎ時間が5分しかないことがわかった。困り果てた私は、隣の席の女性に片言の英語で事情を説明した。するとダラスに着くや、「 私について来て 」と他の客をかき分けるようにして私を搭乗口まで誘導してくれた。幸い隣のゲートだったが、お礼もそこそこに急いで乗り込むとすぐに扉が閉められた。私を待っていてくれたのだ。また別の時には、ニューヨークでの嵐のため、DC行きの飛行機がキャンセルとなり、車で空港まで迎えに来てくれることになっていた娘に連絡するにも公衆電話の掛け方も分からず、近くにいた人に携帯電話を借りて伝えることができた。見知らぬ親切な人達に助けられて、その場をしのぐことができた。

家族との日々、アメリカにて

美しい夕陽を望む食後のひととき

美しい夕陽を望む食後のひととき

料理の得意な娘婿が作ってくれる手料理を家族揃って戴く、何と幸せなことか。私がこうしてワシントンDCで幸せな生活を送ることができるのは、娘のお陰である。夫と結婚する前に不倫で生まれた娘だが、努力して博士号を取り、エコノミストとして世界を舞台に頑張ってくれている。そして常々、世界の国々の平和や人々の幸福を願って仕事をしていることを誇りに思う。普段は2週間から1ヶ月と海外出張の多い娘だが、今年はコロナの影響で自宅でのテレワーク、孫達もオンライン授業となっているため、この半年間毎日一緒に過ごしている。今年の夏は、コロナ禍にも関わらず家族で沢山の時間を過ごし、海と山の自然を満喫し、特別で最高の夏となった。75歳になって、初めて体験することも多かった。

6月からはフロリダ州ダニーデンに住む娘婿の両親宅におよそ1ヶ月滞在した。人が少ないビーチに行くために、僅か3時間のオンライン講習でライセンスを取った娘婿がキャプテンとなり、貸し切りボートで無人島へ渡った。波が強く、行先も正確にわからないまま出発し、岩に接触して前に進めない事態に遭って冷や冷やしながらも、無人島に無事到着、大変愉快な思い出となった。

スモーキーマウンテンでの体験

小さな孫がいつも先頭で行くハイキング

小さな孫がいつも先頭で行くハイキング

フロリダでの1ヶ月間、ずっとテレワークで仕事をしていた娘が、やっと休暇が取れたので、テネシー州のグレートスモーキーマウンテンへ行くことになった。山の中で10日間も何をするんだろうと思いながら、着いたキャビンは、景色も素晴らしく、24時間いつでも入れるジャグジーのホットバス、それだけでも嬉しかった。翌日から早速ハイキング。娘が買ってくれたステッキと靴のお陰で、何度かよろけながらも、一度も転ばずに歩くことができた。数回のハイキングは、川沿いが多く、滝を見たり、坂道を一生懸命登ったり、倒木が道を塞いでいるのを見たり、丸太橋を渡ったりと変化に富んでいた。私はせいぜい2.7マイルが限界で、マイペースでゆっくり歩き、途中で折り返すことが多かった。自然の木々や草花、鳥の囀りに心癒された。

ある時、家族がハイキングに出かけて、私だけサボって駐車場の付近をウロウロしていたら、レストルームの近くでじっと立ったまま一点を見つめる人がいた。その視線の先を見ると、木や草の茂みの中でゴソゴソ動いているものが。あぁ熊だ!と叫びたくなるのを堪えてそうっと見ていると、一生懸命草を食べているようだった。

自然の中の熊さんにも遭遇

自然の中の熊さんにも遭遇

浮き輪での川下りも楽しんだ。シェナンドウの緩やかな川で体験したのとは異なり、今回挑戦したリトルリバーは岩場が多く、通過するのが結構大変だった。2度目のトライでは更に水量が少なくなっていて、時々岩に挟まれて身動きが取れなくなったが、幸い水深が浅く、一旦浮き輪から降りて又乗り直すという、思い出しても笑いが込み上げてくる「 川下り 」であった。娘婿が、川を歩いて戻って来て救出してくれたこともあった。

岩場の多かったチュービング

岩場の多かったチュービング

そして初めて体験したジップライン。山の中の7ヶ所に設けられたロープを渡り継いでいくというもので、最初のスタート台に上がった時は、心臓の音が聞こえるかと思うほどドキドキして、このまま死んでしまうかもと思ったが、あとには引けず、インストラクターの指示通り必死のパッチで渡り終えると、なんとも言えない爽快感で、そのあとは次々と渡り切った。さほど深い谷ではなかったので、もっとやりたいと思うくらいだった。その次は、ホースバックライディング。6歳の孫もガイドのお兄さんに繋いでもらって初体験、私は淡路島の三熊山で観光馬に乗って以来の50年ぶり、家族5人がそれぞれ体重にあった馬に跨り、細い山道をライディング、手綱捌きが上手く出来ない私の馬だけ、時々勝手な行動を取るのには参った。

最後に並んで撮影、馬さんに感謝

最後に並んで撮影、馬さんに感謝

締めくくりは、ゴムボートでのラフティング。ヘルメットにライフジャケット、オールを持った数人のグループ毎に、次々と川を下っていく。うちの家族が最後になったが、先程広場で注意事項などを説明していたベテランガイドが私達のボートを担当してくれた。ジョージア州との境に近いピジョンリバーは数ヶ所に急流があり、転覆しそうな所では水がザバーと入ってきて、びしょ濡れになる。静かな流れの所では、娘と娘婿が川に飛び込んで泳いだりした。私にはよく分からなかったが、詳しく楽しそうな案内を聞きながら、シャトルバスが待つ降り場に着いた。こんなに素晴らしいグレートスモーキーマウンテンが世界自然遺産であることも、アメリカで一番人気の国立公園だということもあとで知った。

そろそろ終活

落語好きな私だが、桂枝雀の「地獄八景亡者の戯れ」の中で、「 全国各地の名所旧跡、行きたいとこは、いてしもた。食いたいもんは食うてしもた。もうこの世では行くとこがのうなったさかい、あの世とやらへ旅しよか 」というセリフがある。いくつものかけがえのない旅の思い出を噛みしめながら、旅の終わり方についても色々と想像する昨今である。

    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です