米国社会の黒人差別の歴史を理解するには

全米、そして海外でもブラック・ライブズ・マター運動が活性化しています。黒人の米国人と結婚し、アジア人と黒人の混血の息子がいる私は、運動が社会にポジティブな変化をもたらすことを願っています。いろいろな想いがあってこの運動自体について書くことは難しいので、少しでも多くの人が米国の人種問題への理解を深めるのに役立つものを紹介させてください。

“The Case for Reparations” by Ta-Nehisi Coats

Reparationsは過去の過ちへの補償のことで、特に米国では奴隷制への補償を意味します。The Atlantic誌に掲載されたこの記事 (The Atlantic, 2014 June) の前文には、「255年に及ぶ奴隷制、90年に及ぶジム・クロウ (Jim Crow) 法 (注)、60年に及ぶ、分離すれども平等の制度、35年に及ぶ差別的な住宅政策――。累積されたモラルの負債を正さなければ、米国は完全な一つの統合体になることはない」とあります。タナハシ・コーツは作家でジャーナリストです。

数百年にわたり、いかに不公正な仕組みが作られ、黒人が搾取され、豊かになる機会を奪われてきたかが、綿密な調査取材のもとに書かれています。なぜ今も黒人の多くが貧しいのか、一個人の努力不足や間違った選択を批判することもできますが、それだけではないことがよくわかります。「奴隷制への補償など馬鹿げている」と一笑に付す前に、まずは一読してみてください。

映画:”Harriet” (2019, Directed by Kasi Lemmons), ”12 years a Slave” (2013, Directed by Steve McQueen)

“Harriet”は奴隷解放運動家、ハリエット・タブマン(1820もしくは21-1913年)を描いた映画です。奴隷として生まれ、北部に逃れた後、奴隷を自由にする活動をしている人々の組織「地下鉄道(Underground Railroad)」に加わり、命を賭して南部の奴隷を北部に逃がす旅を何度も導きました。

映画Harriet「ハリエット」公式サイトより

映画Harriet「ハリエット」公式サイトより

黒人女性を主人公にした映画、特に奴隷制を描いた映画をつくるのが難しい中で、このような作品が製作されたことを嬉しく思います。映画では、奴隷の視点、奴隷所有者の視点、奴隷解放を支援した人々の視点から当時の状況が描かれています。興味深かったのは当時の奴隷所有者にとって、奴隷は労働力であると同時に価値の高い貴重な資産であったという点です。負債を支払うために売却したり、老後の貯蓄代わりだったり。それに脱走されたら、401K(年金)が消えるのと同義ですので、必死で執拗に追跡しました。

映画12 years a Slave「それでも夜は明ける」の公式フェイスブックページより

映画12 years a Slave「それでも夜は明ける」の公式フェイスブックページより

“12 years a Slave” (邦題「それでも夜は明ける」)は、1841年にニューヨーク州出身の自由黒人男性がだまされて売却され、ルイジアナ州のプランテーションで奴隷として働いた実話を基にした映画です。アカデミー作品賞を受賞したので、ご覧になった方も多いかもしれません。

印象に残っているのは、夫と子供が別の場所に売られていくのを泣き叫んで見送る女性のシーンです。ある日突然起こる、二度と再会が望めない別離。自分も母親になったので子供を奪われる母親の悲しみが心に突き刺さりました。もう1点は、自分の意に従わない、自分の権威・特権にたてついたという理由で行われる暴力です。相手を自分と同等の人間とみることを拒み、その相手が手向かうことを恐れて過剰な暴力をふるう白人たち。私には現在問題となっている警官による黒人に対する過剰な暴力事件に重なるところがあるように思えます。

スミソニアン・アフリカンアメリカン歴史文化博物館(ワシントンDC)

アフリカン・アメリカン歴史文化博物館の外観 NMAAHC Alan Karchmer撮影

アフリカン・アメリカン歴史文化博物館の外観 NMAAHC Alan Karchmer撮影

ワシントンDCのナショナル・モール、ホワイトハウスの向かいに2003年に設立された博物館の展示には圧倒されます。奴隷貿易に始まり、独立戦争、南北戦争、大恐慌、世界大戦、公民権運動、オバマ大統領の就任までの黒人をめぐる歴史と、黒人がもたらした音楽・芸術などへの文化的貢献の両方を深く知ることができます。これまで2度訪れましたが、何度でも足を運びたい場所です。一番印象に残っているのは、エメット・ティルの棺です。エメットは1855年にミシシッピー州で白人女性に口笛を吹いたとして惨殺された14歳の黒人少年で、この事件は公民権運動に大きな影響を与えたとされています。

格差も差別もあまりにも問題が大きく複雑すぎて、どこから何をすればよいのか途方に暮れてしまいます。でも少なくとも真摯に学び、過去と現在と未来を見渡せるようになりたいと願っています。




(注)ジム・クロウ法:バスで白人と有色人種の座席を分ける、白人と黒人の結婚を禁止するなど南部諸州で制定された人種差別的制度

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