黒人家族を持つ私が思うこと

ジョージ・フロイドさんが亡くなってから6ヶ月以上が経ち、そろそろ「あぁ、またこの話題か」と関連記事や問題意識を高めるソーシャル・メディアの投稿を読み流すようになってしまっている頃ではないでしょうか。世の中の時事問題に関心があっても、多くの方たちは日々の生活に追われ、自分の身に関わらない出来事について自ら知識を深めようとすることは稀だと思います。しかしながら、このBlack Lives Matter (BLM)運動は決して一時的な流行ではなく、これまでも、そしてこれからも続いていきます。私は取り留めのない私情を発信することにしばらく躊躇していましたが、この場をお借りして黒人の妻、二児の母という立場から伝えることで、一人でも多くの読者の心に響いてほしいと願い、心の内を綴らせていただきます。

夫の生い立ち

私の夫はジャマイカ系アメリカ人です。義父の家族は1964年米公民権法が成立した数年後にジャマイカから、そして義母の家族はイギリス在住を経て、それぞれマサチューセッツ州へ移民しました。後にボストンで生まれた夫は、幼い頃から身だしなみや作法に厳しく育てられましたが、「黒人である」だけの理由で不当な扱いを幾度も経験してきました。警官に何度も車を止めさせられ、店に入ると店員から疑いの目で睨まれ、学校の警備員から罵声を浴び、クラスの担任には馬鹿呼ばわりされたこともあると聞きました。

その頃、飛び級も可能だったようですが「目立たせたくない」「同い年の子と仲良く遊んでいてほしい」という義母の思いで実現しなかったそうです。マサチューセッツ州は他州に比べ早い時期から同性婚を認めるなどリベラルな印象を持つかもしれませんが、夫曰く、表面化されない差別が根付く州でもあります。差別は暴力だけではありません。例えば不動産屋に断られる、銀行でローンを組めないなど、黒人が黒人として生まれただけで人生が不利の連鎖となる社会構造「制度的人種差別」の根絶こそがBLM運動の目指すところなのです。

“Racial Battle Fatigue”

夫のそんな青年時代と同時期、20、30年前の自分を振り返ると、日本でなんと波風立たない順風満帆な生活を送っていたのだろうと気づかされます。大学在学中に夫と出会った私は、彼と話を重ねる度、まるで新しい度数の眼鏡をかけたかのように視界が広がり、世の中の美しい物とそうでない物もはっきり見え始めた感覚を覚えています。そして現在私は、アメリカで、この世界で不安と恐怖に怯えながら、夫と3歳と6歳の子供を育てています。転勤が多く何度も引っ越してきましたが、いくら治安の良い近所でさえ、心底安心して暮らせた覚えがありません。

むしろ上位中産階級の白人地区のほうが居心地が悪く、通りすがりの誰かが夫のことを、私たちが一緒にいることを不快に思っているのではと気になり、滅入ることもありました。

ここ数ヶ月は、夫がジョギングに行けば、心のどこかでアマード・アーベリーさんの動画が頭をよぎり(ジョギング中に、銃を持つ元警官の男とその息子にピックアップトラックで追いかけ回され、射殺された25歳の黒人男性)、子どもたちに正義について話しながらも、頭に浮かぶのはいつか長身に成長した息子を恐れて、警察に通報する白人女性の姿 (ニューヨーク市セントラルパークでバードウォッチングをしていた黒人男性が、放し飼い禁止区域で犬にリードを付けるよう白人女性の飼い主に注意したところ口論になり「黒人に脅かされている」と虚偽の通報をした一件)。そして些細な不審な言動も警察官の前では命取りになりかねないという不安、一連の報道が明日は我が身という恐怖心に駆られ眠れぬ夜が続きました。

2003年にウィリアム・A・スミス博士が発表した ”Racial Battle Fatigue” という言葉があります。白人社会の中で有色人種が経験する心理的ストレスのことで、症状は鬱、慢性不安、不眠、意欲喪失、高血圧、疲労、頭痛、と数知れません。私のそれとは比にならない ”Racial Battle Fatigue” を奴隷解放宣言から157年経った今も、アフリカ系アメリカ人、黒人は抱えて生きていることを改めて痛感しました。

差別をしない子供を育てるために

そんな我が家は、周囲からしつけに厳しいと見られることも少なくありません。この先、白人の同い年の子がやって許されることも、我が子が同じことをすると周囲に受け入れられない状況が発生することを想定して育てなくてはならないのが現実です。白人の配偶者を持つ方は、まずこのような考え方はしないでしょう。

家でもよく「人種差別」についてや「黒人、ジャマイカ系アメリカ人、日本人として生きる」ことの素晴らしさと同時に厳しさについて会話をします。幼い子供には難しい話題に聞こえるかもしれませんが、普段からオープンにしておくことでいつでも疑問があれば聞ける状況を作り、何よりこの社会で生き抜く術と心のケアを今から培っておきたいのです。もちろん、常にニュースと睨めっこをし、差別についての本を読み聞かせているのではなく、例えば絵本は主人公が白人以外の本を多く選び、様々な容姿の人形で遊ばせ、見せるテレビ番組も出来るだけ選別し、うすだいだい色のクレヨンだけでなく色々な濃さの肌色でお絵かきをしています。

6歳の長女が暇あれば描くお絵かきの一枚

6歳の長女が暇あれば描くお絵かきの一枚

それでもウェーブ髪の娘は「お母さんみたいに真っ直ぐな髪の毛が良かったな」と言う時期もありましたが、今は周りのお友達を観察し個々の違いを楽しんでいるようです。差別の心は家庭内で始まり、家庭で止められます。幼い頃から多様性を身につけることで他人の気持ちや考えを理解し共感できる想像力が備わった大人が増えていってほしいと願っています。

黙って見ているだけでは何も変わらない

今、各人でできることはデモに参加したり、不当に逮捕された黒人を助ける組織に寄付したり、黒人オーナーのレストランで食事をしてサポートするだけではありません。むしろ私はこの記事を読んでいただけたことが第一歩だと思っています。

「私は人種差別はしないから」と終わらせるのではなく、まずは実態を知り、見て見ぬふりをしないことが一番の特効薬です。話しづらい話題だからといって避けるのではなく、この記事を糧にご家族と友人と話してみてください。お子さんとローザ・パークスの本を一緒に読んで、話のきっかけを作ってください。白人一辺倒なメディア、商品、周囲の思考に疑問を持ってみてください。そして小さなことにも気付き、あなたの考えや言動を変えることで子どもたちが安心して暮らせる将来がくると信じています。私にできることはこうしてアウトプットすることにより、一人ひとりの意識改革の一端を担うことだと、反人種差別運動を通して実感しています。

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