Every Cloud Has A Silver Lining

ジュネーブのシンボル、レマン湖とJet d’Eau 噴水

ジュネーブのシンボル、レマン湖とJet d’Eau 噴水

読者の皆様、こんにちは。私はスイス、ジュネーブにある欧州国連本部で30年勤務後、数年前に定年退職しました。 最後の5年間は仕事のストレスに加え、更年期、親の介護問題、家族や友人の病気や死などが重なり大変でした。でもこの経験で困難な時には必ず良い事もあるということを実感したのです。英語ではこの事を Every cloud has a silver liningと言います。私はこの諺が大好きになり人生のモットーにしました。それでここでは勇気と希望を与えてくれるこの諺にまつわる私の経験をお話しします。

重なる困難

両親は私が30歳の時に離婚をして別々の住まいでしたが、私が50歳になった頃から彼らの健康問題が出始めました。まず父のアルツハイマーから始まりました。 父は私の妹と住んでいて彼女が父の面倒を見ていましたが、病状が進むにつれて落ち着きをなくしたり近所に迷惑をかけるようになり、介護が大変になってきました。電話で父をなだめて欲しいと妹が私に電話をしてきたり、妹に暴力をふるい警察沙汰になったこともあったのですが、そのうち妹も健康を損ね、私にも心配とストレスの日が続くようになりました。

それから母に異変が起こり始めました。母は離婚後、自然と動物に囲まれて余生を送りたいと京都の南山城村というお茶の産地で有名な田舎に土地を買い、家を建て、保護犬の飼育や庭仕事などをして暮らしていました。80歳を越した頃から糖尿病で体調を崩し、その後アルツハイマーの症状が現れ始めました。施設には行きたくないと言って一人暮らしを続けていましたが、人間関係や金銭の問題を起こすようになり、私にとっても緊張の数年が続きました。緊急の場合は私の携帯に電話をしてくださいと村の巡査に言ってあったのですが、本当に電話がかかってくるようになると、私もパニックになりました。妹は母の家から遠い場所に住んでいるし、父のことで手がいっぱいで頼りにするのは無理。私は年に2回日本に帰国して母の家に滞在していましたが、母の状態は難しくなるばかりで、村の巡査や母の主治医、ケアマネからもいろいろ言われるし、と言って解決策もないので、心がますます落ち込みました。

職場でも大変なことがありました。当時の上司が「冗談でしょ」というような人間を昇進させました。昇進した人は有力な人脈があり、上司はこの人を昇進させることによって自分の昇進を狙おうとしたのです。上司は性格が悪くみんなから大変嫌われていて、私も例外ではありませんでした。私もこの問題の人が昇進したポストに応募していましたが、上司は私が彼女を嫌っていることを知っているので、選ばれることは全く期待していませんでした。それで不選に関して問題はなかったのですが、選ばれた人に問題がありました。資格や経験からこの人選は誰がみてもスキャンダルで、私もこれには憤りを感じ、国連内の人事裁判所に告訴することにしました。しかし国連の弁護士には、選択過程で手続き的な誤りがないので、私には勝つ見込みがないと言われ弁護を断られました。それで、弁護士なしで自分で訴訟をやることにしました。

欧州国連本部

欧州国連本部

退職のパーティで退職者の国連入場バッジを披露

退職のパーティで退職者の国連入場バッジを披露

言われたように、訴訟には勝てなかったのですが、勝敗の問題よりも、訴訟のプロセスが大変な重荷になってしまいました。相手の言い分に対する自分の反論を、指定された日までに何度か提出しなければならなかったのですが、仕事も忙しく両親の問題も抱えていたので、大変なストレスでした。またその頃国連では非正規職員の首切りをしていて、親友だった同僚達がいなくなりました。大変な時は励ましあってきたので、彼らがいなくなってしまったのは痛手でした。それから仕事をよく共にした同僚の奥さんが脳出血で突然亡くなってしまったのです。同僚には一人娘がいたのですが結婚してアメリカに住んでいたので、彼は一人になってしまいました。そして運悪く彼と仲良しだった同僚も解雇されていなくなってしまったのです。 彼は他の同僚と昼食に行きたくないというので、私は義務感から毎日のように彼と昼食を共にすることになったのですが、彼は物凄く落ち込んでいて、一緒にお昼をする事がだんだん苦痛になりました。

そんな中、シカゴに住んでいる義理の兄が心臓麻痺で急死したのです。Thanksgiving の休暇で義兄が南カリフォルニアに家族旅行中に起った悲劇です。彼は肥満でもなく健康だったので信じられませんでした。私は彼が大好きだったので 悲しみとショックで心は一段と重くなりました。

素晴らしい出来事

このようにいろいろと大変なことが重なり、それに加えて公私用で海外に出ることも多く息切れ状態だったのですが、良いことが起こり始めました。定期検査で婦人科の先生に会った時にストレスの事を話したら、彼女の患者さん達にも効果があったと言う鍼を勧められました。鍼の先生は中国人で、ジュネーブで始めは西洋医学の医者としてやっていましたが、後に鍼や漢方に専念することにしたそうです。地域の著名人も来院する有名な先生でとても良い人でした。毎回治療の前に彼と10分くらいお話をするのですが、私の事を心配してくれ、彼の友人である精神科医を紹介してくれました。

この医者はもう新しい患者は受け入れないことにしていたのですが、親友の頼みならと私を引き受けてくれました。精神科医とのセッションが始まり、毎回1時間ぐらい私の生い立ちから現在までの話を聞いてくれました。先に述べた人事裁判で私が負けた時は、しばらく休職してはどうかと言ってくれました。夫が翌日から2週間海外出張に行くことになっていたので、「家にいても一人なので仕事をしている方が気がまぎれる」と言うと、それならアルプスにある療養所で1ヶ月休養してはどうかと勧めてくれ, そうする事にしました。すぐ手配をしてくれ、3日後には療養所に入りました。

スイスの象徴アルプス

スイスの象徴アルプス

ここは、最初は結核患者療養のために設立されたのですが、現在では大手術後の人や精神的に疲れた人たちが療養する施設になっています。アルプスのスキーリゾート地にあり、新鮮な空気と素晴らしい風景に恵まれています。ジュネーブ州立で、お金持ちがいく豪華な医療機関ではありませんが、設備の整った素晴らしい施設でした。アートのクラスもあり、絵を描いたりしたことはなかったのですが参加してみました。このクラスのおかげで、自分は絵を描いたり折り紙をしたりするのが好きだと言うことを発見しました。

ジュネーブの折り紙愛好会で教えてもらった鳥

ジュネーブの折り紙愛好会で教えてもらった鳥

ジュネーブに戻ってから精神科医にこの経験を話すと、アートセラピスト的なカウンセラーを紹介してくれました。このようにして、鍼の先生、精神科医、セラピストのサポートチームに支えていただくという幸運にめぐり合いました。アートの面では、水彩画と折り紙が場所を取らずにどこでもできるので、歳をとっても楽しめると思い、ゆっくりですがYouTubeを見て現在も続けています。

これらの素晴らしい経験はDark Cloudが持ってきてくれたSilver Liningでした。

YouTubeのチャンネル "Watercolor by Shibasaki" を見て学び、描いてみた水彩画

YouTubeのチャンネル “Watercolor by Shibasaki” を見て学び、描いてみた水彩画

そして今

現在住んでいる場所からハドソン川越しのマンハッタンの眺め

現在住んでいる場所からハドソン川越しのマンハッタンの眺め

夫と私は2022年の1月にジュネーブからマンハッタン近郊にあるニュージャージー州Weehawkenに引っ越してきました。ここにずっといるかどうかはわかりませんが、まだ元気なうちにマンハッタンを満喫したいと思って来ました。

しかし去年の春、日本に住んでいる妹が重病になり入院するという事が起こりました。彼女は一人住まいで家族はもう私一人しかいません。私は二度帰国して数ヶ月間見舞いや入院後の介護の手続き等をしました。これからも彼女の健康状態についての心配は続きますが、ここでも silver liningがありました。まず日本でいろいろな方々に助けていただき, 良い出会いがあった事です。それから、当事者や家族のための啓蒙に役立つ活動がいろいろある事がわかりました。これらに参加することによって将来、新たな良い出会いと発見があると期待しています。

人生後半に入り、これからも病気や愛する人達の死など辛く苦しい出来事が起こるでしょうが、そんな時押しつぶされずEvery cloud has a silver lining を思い出し、勇気と希望を持ち続けたいと思います。最近はこの諺を忘れずに生きる事が自分の終活ではないかとも思うようになりました。読者の皆様も辛い時にはこの諺を思い出して silver liningを見つけてください。何か良いことがきっと一緒に起こりますから。


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