ジョージ・フロイドさん死亡現場を訪れて
10月中旬、いつもより早い雪が降っているミネアポリスにワシントンから飛んだ。そして翌日、ジョージ・フロイドさんが警官の不適切な拘束によって死亡した現場を訪れた。
フロイドさんは、Cup Foods というスーパーで20ドルの偽札を使った容疑で、店員からの通報を受けた白人警官デレック・ショーヴィンに逮捕された。抵抗していなかったにもかかわらず手錠をかけられた後、頸部を膝で8分46秒も押さえつけられたフロイドさんが死亡したのは、今年5月25日のこと。バス停の向かいの死亡現場は4ブロック四方通行止めとなり、記念碑ができている。
1つはテントで覆われた死亡現場に肖像画とともに、“I can’t breathe”という彼が警官に訴え続けた言葉が路上に書いてある。誰が作ったのか千羽鶴も飾られている。Cup Foodsの壁には彼の顔を描いたグラフィティがある。お店の屋根にも “I CAN’T BREATHE… MAMA George 8:46”というフロイドさんの最後の言葉とともに、ルカやヨハネ福音書の8章46節が書かれている。ルカからは“Someone touched me. I know that power has gone out of me.” そしてヨハネからは “Can any of you prove me guilty of sin?”と、なんとも状況に相応しい文言が選ばれているのだ。そして、ロータリーの真ん中には力強くこぶしを掲げたモニュメント。その周囲にはたくさんの花やぬいぐるみなどが捧げられているようだが、雪に埋もれていてよく見えない。向かいのバス停にもこぶしのモニュメントがある。
死亡現場の前で、「ブラック・ライブズ・マター(BLM)」のミネソタ支部長に話を聞いた。彼はブッシュ(息子)政権、オバマ政権でも警官の暴力は改善されず、NAACP(全米黒人地位向上協会、1909年に設立された全米最古の公民権運動組織)ミネアポリス支部は何もしてこなかったし、現政権は警官の暴力の存在を否定していると嘆く。黒人に対する警官の対応ばかりか、教育レベルや労働機会の差別はずっと改善していないのだ。白人は過去150年以上、黒人を弾圧し続けてきている上、むしろトランプ大統領は自分の支持基盤である白人優位主義者たちをけしかけており、人種間の分断は深まったという。
高校を卒業したばかりの支部長の息子さんは、フードつきスウェットシャツを着ていたが、フードを被っていたり、ポケットに手を突っ込んでいるだけで怪しまれるので、白人や警官のそばでは行動に気をつけることにしていると教えてくれた。BLM設置のきっかけとなった19歳のトレイヴォン・マーティンさんは、銃殺されたときにフードつきスウェットシャツを着ていたのだ。息子さんには黒人、白人、ヒスパニック、アジア系と色々な人種の友人がいるが、彼らは皆、黒人に対する社会の差別的な扱いを十分理解して、変えなければいけないと考えているという。新世代になって、時間はかかるかも知れないが、徐々に変化が期待できるのかも知れない。
この「聖地」を守っている、4ブロック先に住んでいるという女性にも出会った。彼女は23年間、高校の教師を務めてきたが、フロイドさんの事件以来、毎日1日中、この場に来ているそうだ。夏休みには日本を始めとする海外旅行も楽しんできた、広い視野を持った女性だった。全米ばかりか世界中が驚愕し、BLM運動が広がるきっかけとなった、警官がフロイドさんの頸部を膝で圧迫しているシーンを記録したビデオを撮ったのは自分の教え子だという。あの貴重なビデオなしに、フロイドさんの死はこれほど注目されることはなかったはずだ。
彼女は、周辺を案内してくれた。まず死亡現場から1ブロック先の路上には、一部、雪で埋もれているが、警官の手によって不当に殺された被害者たちの名前が列記されている。あまりにも多過ぎて、スペースがなくなってきたとのことだ。そこから曲がって1ブロック行った先の広い場所には被害者の氏名と生年月日を記した白い「墓石」が並んでいた。その数には圧倒されてしまい、息苦しくなってくる。こんなに多くの人たちが意味なく命を失ってしまったという不条理。彼女は雪を上に投げ、「雪は溶けてなくなるが、自分は去らない」との決意を語った。この闘いは命がけと考える彼女はボディーカメラを着用しており、万一、自分が警官や白人優位主義者などに殺されたら、最期を記録に残すのだという。何しろ、トレイヴォン・マーティンさんの銃殺事件があった2015年もその後も毎年1000人(!)もの黒人が、警官によって意味なく銃殺され、多くの場合に警官は無罪となっているのだから、彼女の必死の覚悟も理解できる。黒人の銃殺は現代のリンチなのだという。
さて、ワシントンDC地域では庭や窓にBLM支持表明の旗やポスターなどを掲げている家が多い。一方、郊外や地方に行くと警官への支持表明(つまりBLMを否定)するものが目立つ。PEWセンターの世論調査によると6月時点では67%がBLM活動を支持していたのが、9月時点では55%に下がった。黒人の支持に変化はないが、白人の支持率が60%から45%に下がったのだ。白人のうちで民主党支持者には変化がないが、共和党支持者の支持は37%から16%に減った。一部のデモ参加者による破壊行為が続き、デモ側と警官の衝突が激化し、トランプ大統領がBLMを激しく批判し続けたことなどが原因だろう。
2012年には66.6%だった黒人層の投票率は2016年には59.6%に下がったが、BLMが活性化している今年、投票率が高まるのかどうか見守りたい。(10月28日筆)
東京出身。88年より米ワシントンDC在住。ソニー本社国際通商業務室、法務部に勤務後、1990年、米ジョージタウン大学外交学部で国際関係修士号取得。公共政策専門チャンネルC-SPANの 日本向け番組制作を経て、現在、ワシントン在住のジャーナリストとして活動中。著書に『オバマ政治を採点する』(第二部インターネット・フリーダム)(日本評論社、2010年10月)、『Xavier’s Legacies: Catholicism in Modern Japanese Culture, Chapter 5 Kanayama Masahide: Catholicism and Mid-Twentieth-Century Japanese Diplomacy』(University of British Columbia Press、2011年3月)、『メトロポリタン・オペラのすべて』(音楽之友社、2011年6月)がある。
非常によい記事が集められた特集です。まとめられた編集長、編集委員のご努力を称えます。
そして何より、寄せられた自らの経験を書かれた方々に感謝します。とても学ぶことが多く、私自身は何が出来るかを考える契機になります。