自然環境に優しい着物の力

外務大臣賞授賞式に着た訪問着

外務大臣賞授賞式に着た訪問着

中国は唐時代、日本は平安時代に、絹の着物を皇室や宮廷の高官の間で着ることが流行っていた。源氏物語の中にも若き公家たちの間で、色の取り合わせの流行りや趣向の良し悪しを語ることが書かれている。

着物は普通の体型であれば、フリーサイズのデザインである。体型が変わっても、年齢が変わっても、あまり流行りすたりが少なく、一生着ることができるのも着物の強さである。冬用の合わせで、重ね着、その下に長襦袢、その下に肌着、これだけで7枚もの重ね着――。幾重もの重ね着で暑さ寒さを調節できる便利さがある。また着物は染め直し、縫い直しなどを繰り返すことで、一生ものといわれるほど、長く使える。絹の原料は蚕であり、染色には草木を使い、全て身近な自然の中からとったものから作られている。自然環境を破壊することなく作られるのが着物の持つ力である。

亡くなった義姉から送られた小紋を来てレセプションに参加。小紋は普段着だが、普段着だからこその面白さや楽しさがある

亡くなった義姉から送られた小紋を来てレセプションに参加。小紋は普段着だが、普段着だからこその面白さや楽しさがある


絹の質は織る際に使われた量によって異なる。絹の反物に家紋やその着物を着る目的や機会に合わせたデザインを織り込み模様として入れるという技術も早い時期から用いられていた。また四季折々のデザインが手描きで描かれているため、季節ごとに着る機会が限定されるということもあるが、同時に千種万蘭の高度の芸術作品になりえるのも着物の力である。無地ならどの季節にも着られるという便利さもある。着物には金銀、宝石を使うことはほとんどない。金糸で刺しゅうをするのに使われる金銀の量は極めて少ない。着物は折りたたむと薄く重ねやすいので収納が楽である。50枚の着物はお茶箱三つぐらいに収まるし、普通のクロゼットに楽に収納できる。50枚のフォーマルドレスは普通の家のクロゼットには収納しきれない。

この着物を西洋のドレスと比較してみよう。ドレスは体型にフィットしなければならないので、体型が変わると着られなくなり、流行りすたりが激しいので、古く感じてしまうため、同じドレスを何十年も着ることは稀である。同じデザインでなければ、重ね着は着物ほど簡単にできない。ドレスには四季折々の手描き模様などはなく、リボン、刺しゅう、レース襞の取り方で華やかさをだすため、そのリボンやレースが破れやすいのも長く着られない理由の一つである。更に、ドレスには金銀・宝石などで作られたイヤリング、ブローチ、ブレスレット、ネックレス、冠などを用いるがそれらの貴金属は膨大な自然破壊を通してのみ得られる。破壊された自然は元へは戻らない。また、動物の毛皮も使うため、大量生産が出来なかった時代には多くの労働力を使って毛皮を集めなければならなかった。非能率的、非経済的なのがドレスの特徴である。

着物は作るのも着るのも自然破壊がなく、自然に優しく、自然と共存できるものである。無駄が少なく、染め直し、洗い直し、縫い直しで一生綺麗に使える。母から娘へと引きつがれていく。着物は過去に流行ったものではなく、自然と共存して、未来につなげていける物でもある。日本人がもっと着物の持つ力を理解し、使って欲しいものである。

着物を着て新春祭りに参加した学生たち

着物を着て新春祭りに参加した学生たち

ここで自分の体験を通して、もう少し着物の力について話したい。子供の頃から着物が好きで、機会あるごとに着物を選んで着ていた。年頃になって、自分で着物が選べるようになってからは、20年後の自分が着られるという想定の元に着物のデザインや色を選んだので、20代の時に作った着物をいまだに来ている。若いころは呉服屋からいつもそれでは地味過ぎるでしょうと言われたが、ガンとして聞き入れなかった。母から貰った着物も染め直し、洗い直し、縫い直しを繰り返しているものの、そのままいまだに、古さを感じさせずに着ている。母が成人式用に作ってくれた着物は派手過ぎて気に入らず、次の年にはその呉服屋に持っていって、染め直し、デザインも変えて、やっと気に入る着物になった。母から貰った着物、15歳年長の姉からのおさがり、亡くなった姉の着物と自分の着物と数は増えていった。これも着物の力である。量は増えるだけで、減らない。おかげで、いまではどの機会にも着物を着て行けるほど、着物が溜まっている。これは本当の着物の力である。これは洋服ではありえないことだ。

私の着物を着始めた娘

私の着物を着始めた娘

七五三の着物を来た孫娘

七五三の着物を来た孫娘

着物を着こなすには着物を定期的に着る習慣を持つことである。それはお茶や踊りのようにお稽古事である。体が着物に慣れることで、立ち振る舞いが自然になる。着物と小物の釣り合わせも上手になる。月見、七夕、梅や桜の季節や紅葉や冬景色を出したデザインをその折々に合わせて着るという楽しみを味わうことができるのも着物の醍醐味である。訪問着だけではなく、小紋、紬などで気楽に歌舞伎や演劇、コンサートや博物館めぐり、お茶会、友達と会う機会にも着物を楽しんでいる。東京に住んでいたころは呉服屋によく立ち寄って柄や色の組み合わせの勉強をしていた。日本ならどの町に旅行しても着物に合った小物をこまめに買う楽しみが今でもある。

京都太秦大映スタジオで着物を着て変装した学生たち

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