2020年、アメリカの分断を顕著に映しだしたワシントンDC

バイデンの勝利が報道された11月7日に、BLMプラザはニュースを喜ぶ人々で一日中ごった返した

バイデンの勝利が報道された11月7日に、BLMプラザはニュースを喜ぶ人々で一日中ごった返した

2020年は、新型コロナとその影響により、誰にとっても想像を超えた特別な年だったはずだ。私はワシントンDCに住んでちょうど30年になるが、この年に匹敵するような年は今までなかった。まず、上院においてトランプの弾劾裁判と無罪評決から幕を開け、引き続き新型コロナとそれに伴う様々な社会経済的危機、白人警官が黒人を死亡させたことに端を発したブラック・ライブズ・マター(BLM)運動の再熱、大統領選と連邦議会選などが、一年の間に一気におきた。それに加え、公民権運動の英雄で30年にわたって下院議員を務めたジョン・ルイス、及びリベラル派の象徴、最高裁判事のルース・ベイダー・ギンズバーグの逝去があり、一般の人々による棺の拝謁も含む葬儀が行われるなど、首都ワシントンという土地柄、私も次から次へと劇的な出来事を間近で見たり体験することになった。

それを通して2020年に特に印象的だったのが、近年益々進んでいるアメリカの分断をワシントンDCが顕著に映しだしたということである。大統領邸(ホワイトハウス)を占めるトランプとそのスタッフは白人中心で、白人優位主義者、右派やキリスト教右派も支持基盤に持つ共和党員である。それと対照的に、DCの人口の大半は民主党支持で市長も民主党員、人種、宗教、ジェンダーやLGBTに関しては寛容でリベラル志向だ。2020年の大統領選では、DCでのトランプの得票はわずか4%であった。このような両極端な人たちをかかえるDCが、2020年の様々な出来事を通して、アメリカ社会の二極化を反映する様相を示したのだった。

新型コロナ対処

2020年10月末のマスク着用率に関する全国調査によると、ワシントンDCは97.22%で、米国中最もマスク着用者の割合が高い。DCの女性市長ミュリエル・バウザーは、米政府機関の疾病管理センター(CDC)のガイドラインに従い、終始コロナ対策を明確かつ厳格に施行してきた。元ファーストレディーのミシェル・オバマの録音による、自宅待機令を守るようにとのロボコールを流すなどの工夫もあった。私は6月の初め、DCの大統領予備選の投票所でボランティアをしたのだが、投票所に来る人達がきちんとマスクを着け、6 フィート(2メートル)の距離を保って並ぶようにするSocial Distancing Ambassadorという役目であった。同時にDC政府は、コロナの検査会場を数多く設け、市民が予約なしに無料で検査を受けられるようにもした。それによってか、DCの感染率は5月初めをピークに下がり、現在(2020年12月初め)の一日平均の感染者数は10万人あたり35人で、全国平均の61人よりずっと少ない。

米国においてコロナが政治化され、疫学に基づく予防策が徹底されなかったのは周知のとおりである。ホワイトハウスではマスク着用を義務付けず、DCのコロナ感染のホットスポットとなった。9月末に、トランプはエイミー・コニー・バレットを最高裁判事に指名する式典をホワイトハウスのローズガーデンの内外で開いたが、ゲストは混み合う中ほとんどマスクを着用していない状況。その後、トランプやメラニア夫人を始め、数々の人々のコロナ陽性が判明した。感染者はその後も出続け、ホワイトハウスのシークレットサービスの130人が、コロナ検査で陽性もしくは感染者と濃厚接触があったため自宅待機を余儀なくされたという。ワシントンDCのマスク着用率が100%にならないのはホワイトハウスのせいだと、私の周りの人たちは顔をしかめている。

トランプがAmy Cony Barrettを最高裁判事に指名後の ホワイトハウスのローズガーデンでの式典。その後、出席者の少なくとも8 名がコロナに感染した (White House official photo)

トランプがAmy Cony Barrettを最高裁判事に指名後の ホワイトハウスのローズガーデンでの式典。その後、出席者の少なくとも8 名がコロナに感染した (White House official photo)

民主主義と人種間の正義

昨年6月1日の夕方、テレビニュースを見ていた私は目を疑った。ホワイトハウスの北側のラファイエット広場に集まっていたBLM抗議集会の人々が、連邦警察やシークレットサービスが使用した催涙ガスやゴム弾により広場から追い払われ、その後トランプが政権や軍の幹部と共にホワイトハウスから出てきて広場を通過、広場の北側の向かいにあるSt. John’s Churchを背にして聖書を手に写真撮影をしていた。当日の抗議集会は平和的に行われていたにもかかわらずである。トランプは、BLM運動が広まるにあたり人種差別に関心を寄せるどころか、堂々と白人優位主義への共感を示し、社会が暴力や無法状態に陥る脅威を煽った。そして、自分が法と秩序をもって騒乱と暴動を鎮圧する、そのためには国家警備隊(National Guard)の州兵や連邦軍の投入も辞さないと宣言した。DCに関して言えば、実際トランプは、この日の時点ですでに幾つかの州に依頼し、州兵をDCに集めていたという。

この事件後、DCのバウザー市長は、ホワイトハウスに連邦警察と州兵のDCからの撤去を求め、今後は市警が対処する旨を伝えた。また、ラファイエット広場まではホワイトハウスとあわせて連邦政府の所有地なのだが、市長はDCの管理下となる広場の先から北に伸びる16thストリートの二区画に渡る通りいっぱいに「Black Lives Matter」と黄色くペイントするように指示し、交差点に、Black Lives Matter Plazaの標識を設置した。ホワイトハウスは、その後ラフィエット広場も含む一画を鉄条網で囲って一切人が近寄れないようにしたが、BLM賛同者はその鉄条網に、警察の暴力で死亡した黒人の写真やプラカードをびっしり貼った。その後、このBLM プラザはDCのBLMデモの中心地になり、私もプラザ設置直後の週末の大々的なBLM集会や、メディアがバイデン当選を告げた11月7日などにも駆け付けた。

ラファイエット広場の周りの鉄条網に貼られたプラカードと警察の暴力による黒人犠牲者の写真

ラファイエット広場の周りの鉄条網に貼られたプラカードと警察の暴力による黒人犠牲者の写真


トランプが聖書を掲げその前で記念撮影をしたSt. John's Churchの前で、BLMプラザ設置後の大集会に参加した私も写真を撮影

トランプが聖書を掲げその前で記念撮影をしたSt. John’s Churchの前で、BLMプラザ設置後の大集会に参加した私も写真を撮影

2020年を振り返り、2021年を迎えるにあたって

完全ではないものの、建国時より民主主義を基盤におくアメリカを私は尊重しているし、多人種、移民で成り立つこの国に、自分も住めて働けたことを心から幸運だったと思っている。そんな特別な思いがあるアメリカが、トランプ政権下で、その民主主義が脅威にさらされ、社会の分断がさらに進んだのが、たまらなく無念で不安だった。そのため、2020年の一年は、トランプをホワイトハウスから追い出したい一念で、ひたすらがむしゃらだった。マーティン・ルーサー・キング牧師のワシントン大行進を記念するモールでのCommitment Marchを初めとする色々な市民集会に参加したり、大統領選の激戦州の民主党登録者宛に必ず投票するように手書きではがきを何枚も送ったりした。年の初めから、何があってもトランプに対抗できないのではという重い威圧感や絶望感を感じながら過ごした日々だったが、その反面、集会やジョン・ルイスの葬儀に集まった人々から、人種や世代を超えた連帯感を感じて、急に光がさしたような希望が感じられる年でもあった。

バイデン・ハリスの政権に移行後、一日でも早く鉄条網が取り外され、ホワイトハウスとDC市民が、物理的にも信条的にも近くなることを望んでならない。しかし、アメリカ社会の分断は政権交代後も消滅しないだろうし、DCに関しても、トランプ支持者は限られているにしても存在する。実際、11月のトランプ支持者のデモの際も、私の住む住宅地で、トランプのスローガンであるMAGA(Make America Great Again)の帽子と旗を身に着けた人々を見かけた。ジョン・ルイスの遺言であり、ハリスもスピーチで何度も引用したのが、「民主主義は状態ではなく行為だ 」(Democracy is not a state, it is an act)という言葉である。私は、トランプ政権になる前、そして特にこの2020年を体験するまで、民主主義は与えられた当然のものとして過ごしていたと、反省させられる。これからは、大切な民主主義を守り発展させる為、そして私の好きなアメリカとワシントンDCが公正な社会であるよう、自分なりの行動をしてかなければいけないと考えさせられた2020年だった。(2020年12月12日筆)


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