最近のシンガポール事情

IONショッピングモールのクリスマス

IONショッピングモールのクリスマス

シンガポールに引っ越す事になってから驚いたのは、「あら、あなたも?私の友達の誰々も、シンガポールに行くのよ!」という会話をアメリカでも日本でも、幾度も繰り返した事だ。シンガポールが、まるで強力な磁石のように世界から人材と資本を引き込んでいる様子が、その渦にはまってから初めて見え始めた。

美しく機能的な都市国家

私の記憶の中のシンガポールは、高校生当時住んでいたバンコクに比べてピカピカと綺麗で、美味しい中華料理のある街だった。何十年も経って訪れたシンガポールは、一流ブランドのブティックが争うように軒並び、高層ビルがニョキニョキ、裕福な匂いがプンプンとした都市に変貌していた。チャンギ空港から念入りに手入れされた並木道を進み、船を乗せた形のマリーナベイサンズホテル、ガーデンズバイザベイのスーパーツリーなどを眺めながら街に入ると、自分が東南アジアにいる事を忘れてしまいがちだ。

マレーシア連邦から追放され、都市国家として独立して半世紀、シンガポールは国父である李光耀(リー・クアンユー)氏の下、驚異的な経済成長を遂げた。李氏は、国民に低価格で住居、食事、交通手段、そして教育を提供する一方で、世界から資本家や企業を引き寄せて資源が皆無な小さな島国を世界でも有数の金融都市に育てた。シンガポールが、近隣の国々のような政治的、経済的、そして都市計画的問題を抱えずに発展してきたのは、一重にリー氏のビジョンと実行力によるものだったといっても過言ではないだろう。

国民の8割以上が公共住宅であるHDB(High Density Building)に住み、各HDBには、安価で食事を提供するフードセンターが設立されている。HDBの住人は、国籍、宗教などのバランスが取れているように細かく規制され、既婚者や、子供を持つ家族は優遇されている。エアコンの効いたバスは、分刻みに島中を廻り、地下鉄の駅は毎年続々と増設されている。マニラやクアラルンプールのような渋滞を避けるためにバスや地下鉄の発達に力を入れ、自動車の値段を引き上げ、高速や街中の道には、時間帯によって細かく配分した有料制度を引き入れた。

ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ植物園にそびえるスーパーツリー

ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ植物園にそびえるスーパーツリー

「ディズニーランド」国家

狭い島中には、警備カメラがあちこちに設置されていて、犯罪率は近隣の国々とは比べ物にならない程低い。一方で、警察の姿が目立つ訳でもなく、よく見ると忍者のような紺の目立たない制服で木の陰から交通違反の写真を撮っていたりする。麻薬を所持していると死刑になること、未だに叩きの刑があること、言論の自由が制限されていることは有名だが、日常の上では、警察国家的な威圧感は全く感じられない。

高級コンドミニアムの駐車場には、マセラーティ、ポルシェ、ベントリーが並び、娘が通うアメリカンスクールでは、自家用飛行機でしか飛ばない子、バリの別荘の話など、どこを見ても資産家ばかりの印象が強烈だ。オーチャード通りには、世界のブランドが全て軒並び、最南端のセントーサ島に向かうと、まるでディズニーランドのような景色だ。

いや、良くも悪くも、国そのものがディズニーランドと言えるかもしれない。ディズニーランドは、華やかな表の顔とは対照的な厳しい規則や虚位の裏の顔を持つことで有名だ。住んでみると、ピカピカの裏には違うシンガポールがあることが見えてくる。朝夕、建設会社のトラックの後ろには、疲れた顔をしたインド人労働者が積み込まれて、仕事場に運ばれて行く。 一般家庭や外国人家庭で家事代行として働くフィリピンやマレーシア人のヘルパーさんは、安い給料で週6日、長い労働時間を強いられる人が多い。ヘルパーさんや短期労働者は、病気や妊娠が判明した途端、強制的に出国させられる。私がシンガポールに渡って間もなく、およそ50年ぶりという暴動がインド街で起きて、水面下に潜む民族間の諍いが国中に衝撃を与えた。

マリーナベイ・サンズ総合リゾートホテル

マリーナベイ・サンズ総合リゾートホテル

「生神」李光耀亡き後

李光耀氏が亡くなったのは、滞在2年目の2015年だった。人間国宝ならぬ、生神のような存在だった李氏の死は、シンガポール人に深い悲しみをもたらした。李氏のリーダーシップなしで、これまでの発展を続ける事ができるのか、国の内外で不安が囁かれた。シンガポールの成功は、多国籍人口のマイクロ管理、単純労働者への厳しいビザ制限、日本よりも厳しい受験制度、そして民主主義の定義を歪めた与党の一党支配の上に成り立っている。父の後を継いで首相となった長男の李氏は、優秀ながら、父親のカリスマを欠いており、夏には李家の兄妹間で遺産を巡る激しい諍いが表面化し、李家三代目が動き出したのではないか、と話題を呼んだ。

先月、象徴的な役割を果たす大統領に、前国会議長だったマレー系の女性、ハリマヤコブ氏が就任した。初の女性大統領として画期的な就任はしかし、憲法改正などを通して他の候補者を排除し、同氏を就任させた与党への批判は続いている。

将来を背負う有能でチャーミングな国民

建国以来半世紀、シンガポールは国として過渡期を迎えているのだろう。経済的な急成長は鈍化し、政治的なリーダーシップも次世代へと移っている。今後のシンガポールは、どうなるのだろうか。国内外には懸念の声も多いが、私はこの国の将来はまだまだ明るいだろうと考える。

多国籍多宗教のシンガポール人は、イデオロギーや宗教感が比較的薄く、思想に縛られず、実際的な考え方が多い。長年独占的に政策を施行して来た政府に対する信頼は高く、不満の声もあるものの、なによりも成功と実績が評価されるお国柄である。

地獄の受験制度をくぐり抜けて来たエリートの若者たちは、最近東大よりも高く評価されているシンガポール国立大学を卒業し、国の成長に誇りを持ち、国際的感覚も携えている 。近年多額の政府投資をもって改善された中堅大学や職業大学の卒業生達も、皆きわめて優秀だ。若者たちがぼやく兵役さえも、国民としての統一感を高める価値を認める人が多い。

シンガポールの貧しい時期を経験していないので頼りなく、不平ばかりと批判される事もある若者たちだが、私の周りの人々は、これからのシンガポールを背負って行くに十分な頭脳とエネルギーにあふれ、そして不思議とチャーミングだった。政治経済的モデルとして興味深い都市国家シンガポールの一番の資源は、李光耀氏が惜しみなく投資をしてきたシンガポール国民そのものだろう。



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